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一次選考通過 『愛した街』 ミズカミ ユカリ

まさか再び、戻って来る事になるとは思っていなかった。
この街が嫌いだったわけではないが、東京に進学し、就職し、かれこれ10年が過ぎていた。
健康だったし、充実していた。
昨秋、体調を崩し自信を無くしたのを、きっかけに、一冬、考えた末、東京を離れ、旭川に戻ることにした。大雪山に残雪が残る肌寒い季節であった。

それから1ヶ月は、ただひたすら寝た。
犬は1日の三分の二を寝て過ごすと聞いたが、まるで犬になったかの様に寝続けた。
落ち着いた頃、ハローワークに出向いた。
介護業務の募集が目についた。福祉のことは良く分からないが、資格不問とある。
「いつから働けますか?」「明日からでも」
それは、偶然だったのか、必然だったのか、今もわからない。

N施設は、定員50名の特別養護老人ホームである。平均介護度4.1。生活に支援が必要なお年寄りが暮らしている。
古い建物らしいが、中は明るく清潔である。
「思いやりを持ち、笑顔を忘れずに」と指摘され、食事や排泄や入浴の支援、縫い物をしたり、散歩に出かけたりと、「人の暮らしとはこんなに忙しいものだったのか?」と感じながら、3ヶ月が過ぎた。

慣れた頃、主任から、担当のご利用者様を紹介された。
あさこさんは明治8年生まれ、95歳である。
足の筋力が弱り、歩行器を使用され、移動をされる。
昨秋まで、ご自宅で、お一人で生活されていたらしい。
女学校を出ているらしく、上品で、優美な女性である。
時々、息子さんが見えられるが、「男の子だから、気が利かない」と話されながらも、いらっしゃった時には、本当に嬉しそうである。

沢山話し、笑い、時には涙して、雪の季節になった。
「この年になって生きる事は、本当に難しい事だよ。人に迷惑をかける事は、本当に辛い」とあさこさんは言う。
私達は、仕事だから、当たり前、と思うが、手伝ってもらう当人にとっては、そんな単純な事ではないらしい。
生きるとは?暮らしとは?
人生を振り返り、未知の世界を想像しながら、刻々と過ごす、それはどんな一日なのだろう?

2月。氷点下マイナス18度の朝、あさこさんは突然、亡くなった。穏やかな表情だった。
いつも淡々としていた息子さんが、大粒の涙を流しながら「ありがとう」と何度も呟く姿を見た時、あさこさんの人生を感じた。
私と過ごした時間はあさこさんにとっては、ほんの僅かな時間であり、
「敬い、尊び、共に暮らす」その事が、どんなに難しく、素晴らしい事かを強く感じた。
私は声を出して泣いた。
死を悼み、自分の小さな存在を感じ、私は声を出して泣いた。

あれから、1年。
美しく雄大な大雪山に見守られ、高い空、そよぐ風、鳥のさえずり、草のにおいを感じながら、私は、この街で暮らしていることを誇りに思っている。
何も知らなかった「介護の世界」のこともっと多くを学び、この街で暮らしていきたい。
そう強く願っている。

あさこさんの愛した街で、旭川で。