松井引退、そして私の重い腰

寒昴 たれも誰かの ただひとり 照井 翠

句集「竜宮」(角川学芸出版)より。作者は岩手県釜石市の高校教師。あの日被災しました。日々に疎くなるのは人の常。でも忘れてはならないですね……福島も。

 

去年暮れの政権交代には何の感慨もありませんが(というのはウソで、あの面々を毎日のように拝むのは気が滅入るので、ニュースを見るのと新聞をとるのを止めてしまおうと考えている今日この頃です)、その日が近いのはわかっていても、松井秀喜の引退には、シミジミとしたまんま新年を迎えてしまいました。 高三夏の甲子園での五打席連続敬遠。ドラフトで彼の指名権を自らゲットした時の長嶋さんの笑顔。巨人のユニフォーム・ロゴが「TOKYO」から「YOMIURI」に変わった時、「どうして伝統をもっと大切にしないのだろう」と呟いたのが記事になり、ナベツネの血圧を急上昇させたという痛快なエピソードなどが思い浮かびます。去年レイズのユニフォームを着た彼が、ベンチから寂しそうにゲームを見つめる姿が今も目に焼付いています。  私の野球観戦人生(どんな人生じゃい)にとって、もう出会うことがないであろう最後のスラッガー。あとは草葉の陰で、中田翔のスウィングの成長を静かに見守ることにします。   さてと、  「あ、雪の匂い あさひかわ」というコピーを最初に見たのは旭川空港でした。どこの会社かは忘れましたが、飛行機の機体に描かれていましたね。あれを見たとき、なかなかロマンチックでいいじゃないかと思ったものですが、今は冗談じゃないよって気分ですね。今日、車線の半分を占領する雪山で渋滞する三十九号線で、前を走る軽自動車に「あ、雪の匂い」ステッカーが貼ってあるのを発見して、怒りで追突しそうになりました。  毎年のこととはいえ、北国の人は実に辛抱強いと思います。真偽のほどは定かではありませんが、排雪の遅れは、作業に必要なダンプカーの多くが東日本の被災地に行ったまま戻らないからと聞くと、あげた拳の収め場所に困るじゃありませんか。

我が家の古いカマボコ型車庫が、雪の重みにじっと耐えています。「我が車庫よ永遠なれ」とは思えども、私の腰は重く、なかなか除雪モードに入りません。十二月の半ばに一度降ろしてから約ひと月、またもや一メートルの厚さになっているというのに。しかも三日夜の暴風(雪)のおかげで雪は屋根からはみ出し、まるで北斎の「富嶽三十六景・神奈川沖浪裏」のようにもんどりうつような有様です。  水は一立米で一トンの重さがありますが、雪はそんなには重くないですよね、きっと。アバウトに重さが水の半分だとすると、約二十平米の車庫に一メートルの雪が積もっているとしたら、二十×五百キロで約十トンもの重さになります。私は屈強頑健なばんば馬が十頭、車庫の上に寝そべっている光景を想像し、思わず「動くな!」と叫びたくなりました。  道理より物理が苦手な私でも考えました。あのカマボコの形は平面に堆積したものより重力(万有引力)を分散させてくれるからまだ耐えられるし、ニュートン先生もお墨付き…なんてバカを言ってないで、さっさとこの原稿を仕上げ、除雪に取り掛からねば。何せ車庫には、一九九九年型メルセデス・ベンツE二四○アバンギャルドが眠っているのですから。

いったい我が車庫は「永遠」なんでしょうか、って他人に訊くな。