一次選考通過 『桜』 P.N./椎名 リサ
自分自身が敵になる事もある。頭の中をもどかしさや不安が占拠して思考がネガティブになる。相手が他人なら回避する術はあるが、それが自分となれば逃げられない。不安が駆け巡る内に、なぜか二十九年間の歴史の嫌な出来事までも思い返され、笑ってしまいそうになるのをグッと堪える。公園のベンチで一人で笑えば不審者確定だ。子供連れもいおれば、訳アリな人も来ていて、平日の昼間だというのに、賑わっている。「お姉ちゃん、どうしたの?」声がする方には、心配そうな顔の少女と少女の母親が立っていて、母親は私と同い年くらいで、自分のもう一つの人生と対面した様な気分だった。「えっ、あっ、何でもないです」我に返って答えたそのたどたどしさに母親が笑いながら話を続ける。「この子が“あのお姉ちゃん、ずっと下向いてる”って心配していたので声をかけました。驚かせて、すみません」――私、下向いてたんだ。――気づけば下を向いている事が多かった。そして、今日も……娘に遊具で遊んでくる様促すと隣へ腰掛け、たわいもない話を始めた。――あれ?あの子、小学一、二年くらいのはず。――だけど、理由を聞かれたくないのは、お互い様か。ふと「最近よく下向いちゃうんです。それでさっき……」ともらすと真剣な顔つきで耳を傾け、すっと立ち上がり「見せたい物があります。ついてきて下さい。」娘の元へ行き「桜、見に行こうか。」と声をかけた。嬉しそうに歩く親子の後ろをとぼとぼとついてゆく。――桜?もう咲いてないんじゃないかな?――十分程歩いた所で「ココです。」橋の下には川一面に桜の花びらが敷き詰められていた。「下を向かなきゃ見られない景色もあるんですよ。無理に前を見ようとしても眩しくて、よく見えません。きっと、この桜が咲いた時には、自然と前どころか上を向ける様になりますよ。その時に思う存分景色を眺めたらいんです」。母親が一人言の様に桜を見ながら、呟いた。「そうなれるかなぁ……」。私も一人言の様に呟く。すると、こちらを向いて「それが来年かもしれないし、もっと後かもしれない。でも桜が咲く頃を目標に少しずつ見方を変えていくんです。そしたら、この先に見える景色が楽しみになりますよ。その時に見る桜は綺麗にだろうなぁ。そうなりましょうよ。ねっ」「は、はいっ」。気迫に負けたのかは定かではないが、桜を見たいと思ったのは確かだった。そこからは、また、たわいもない話をして親子と別れた帰り道、ワザと下を向いて歩くと、くたびれたスニーカーが見えた。――新しい靴を買いに行こう。――いつもより軽い足どりで進むこの道の先が楽しい事ばかりではないのは、知っている。たとえ自分自身が敵だとしても、立ち止まらず歩いてゆこう。綺麗に咲いた桜を見るために。