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準大賞 『老春』 ペンネーム/大林 慶

 今朝は少し赤い口紅にしようかしら。服はどちらにしようかな。もうすぐ通園バスがやって来る。主人を亡くして三年。月日を重ねる内に、季節の移ろいに無関心になり、服装や化粧にも無頓着になっていた私は、少しお洒落をしてバスを見送るのが朝の日課になった。そして、その事が私の老いの日々を変えてくれた。
 三月末、隣に引っ越してきた家族が挨拶にみえた。五歳の一人娘の名前は美紀ちゃん。通園バスがここまで回って来る幼稚園に通わせることに決めたという。
 一週間後、回覧板を届けようと外へ出た。玄関前に母子が立っていて、可愛い園児服に黄色い帽子、赤いバッグをクロスに掛けた美紀ちゃんの姿が目に飛び込んできた。
 「きょうは入園式なのね。美紀ちゃん、おめでとう」
 と掛けた私の言葉に
 「おばあちゃん……ありがと」
と、美紀ちゃんの小さな声が返ってきた。間もなく、バスが前の道路に停まった。開いたドアから、子ども達の賑やかな声が響いてくる。しかし、母親の手を握った美紀ちゃんが不安の中にいおる事は、私には容易に想像できた。「お母さんも、すぐ行くからね」と言う言葉に納得し、係の女性に促されてバスに乗った。
 少しの躊躇もあったが、この日から朝の通園バスを見送りたいと思った。日が経つにつれ、美紀ちゃんは幼稚園が楽しくてたまらないらしく、見送りの母親を急かせるようにしてバスを待つようになった。私の姿を見て、手を振ってくれる子どもの数も増えてきた。
 雨の日、泣いている子に係の方が私を指さして何やら話しかけた。その子は、ニコッと笑って小さく手を振った。翌朝、
「きのう泣いていた香ちゃんがネ、おばあちゃんのこと話してたョ」
と、美紀ちゃんが明るく話してくれた。
 ある日の午後、買い物を終えてバス停で待っていると、遠足の帰りらしい幼稚園児の列が近づいてきた。いつも見送る子ども達と同じ園児服。その中の一人が私を見つけて、
「おばあちゃん、そのバッグかわいいネ」
といった言葉に、何故か熱いものが込み上げてきて、撫でた黄色い帽子が滲んで見えた。
 歳とともに失っていくものが多い。そして、東京にいる孫達には、年に一、二回しか会えない。そんな私には、通園バスの子ども達が新しい孫達。
 きょうは、道まで出て見送ることにした。バスが信号で右に曲がった空をふと見上げると、浮かんだ一つの雲がユーモア好きだった主人の顔に見えて、
「たくさんの孫達ができて、嬉しそうじゃないか。青春から半世紀、今は『老春』だな」と、冷やかし半分に言ったような気がした。その上の青空を、白いジェット雲を引いた一番機が、東京に向けて上昇していった。