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入選 『一番星』 村山恵美子

 残暑厳しい9月も、日が落ちるとめっきり涼しい。職場を出た私はカーデガンを羽織った。ぐんと高くなり澄んだ夕暮れの空に星を見つけた。
「あ、一番星だ。ほら見てあそこ」まだ小さかったひとり息子の翔太が一番星を見つけて私に教えてくれたことを思い出した。得意そうな顔が可愛かった。
 その息子から、「会わせたい人がいるんだ。次の日曜連れてくるから」と言われたのは3日前のことだ。彼女は職場の同僚で同い年なのだという。

 変な女だったらどうしよう。いやあの子に限ってそんなはずはない。でも、悪女とわかっていながらもずるずると惹かれてしまうのが男というもの。どんな人だろう。妙に早く目が覚めてしまった日曜日、なにか落ち着かない。まるで自分が見合いでもするかのようだ。
 お昼は、出前の握り寿司でも取ろうかと思ったがやめた。人任せなんて今日はダメだ、気合いを入れて自分で作ろう。ちらし寿司とポテトサラダ、それと澄まし汁。何度も味を確かめて真剣に作った。新しいテーブルクロスを敷き、バラの花を飾り、目障りな物は全部押し入れに放り込んだ。
「なんだよこれ。こんなに空っぽにしなくて普通でいいよ」
 起きてきた翔太が不機嫌な顔で言う。普通でいいわけがない。家が汚い飯がマズいで嫌われたりしたら洒落にならないではないか。と言いたい気持ちをぐいっと抑える。笑顔だ。今日はにこやかにいい母に徹すると決めたのだ。

 現れた女性は悔しいほど可愛らしい人だった。小柄で長い髪、ひらひらしたクリーム色のブラウスがとても似合っていた。まるで女学生のようによく笑い「おいしいです」と私の手料理を食べてくれる。女の子がいると家の中はこんなに明るいものなのかと驚いた。そしてでれでれと、私の前では見せたことのない笑顔を見せる翔太がなんだか宇宙人に見える。
「駅まで送るよ」夕方、彼女を送ると翔太も一緒に家を出た。小雨の中を二つの傘が並んで歩く。翔太がなにか面白いことでも言ったのか、彼女が身体をよじってくっくっと笑っている。幸せそう。足元を濡らす秋の雨も、今の二人にはなんにも冷たくはないのだろうな。とその後姿を玄関先で見つめた。

 離婚したとき翔太は5歳だった。一番星を指差したあの日の少年は32歳になり共に歩む人を見つけた。ちゃんと育ててみせると歯を食いしばって突っ走ってきた私の役目は、終わるらしい。なんだ、もう終わるのか。ああつまらない。
 家に入った私は憮然と缶ビールを取り出しプシュッと、乱暴に開けていた。