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一次選考通過 『練習着』 佐久間尚子

 孫の入浴時間が長い。さっきから気になってしかたがない。二時間は過ぎただろうか?ようやく顔を真っ赤にしてあがってきた。
「ながいおふろだね」。声をかけると「練習着洗っていたんだ」。「ふーん、自分で洗うんだ。大変だね」というと、母親が厳しくて、好きな野球をしているんだから何事も自分でするよういってあるらしい。小学校四年生から野球、野球の毎日を過ごしてきた。高校二年生になった今も野球で頑張っている。しかし、部員の人数が多く、真面目に一生懸命やっているが、自己PRが下手で苦手でめだたなく、なかなか試合にだしてもらえない。ひかえめな子にも目をかけてくれる監督だったらいいなあといつも思っている。さて、その練習着だが、いいとこみせようと思い内緒で洗うことにした。大きな袋からとりだそうとした途端、ボタボタと大きいのや小さい泥の固まりが落ちてきた。あわてて外にもっていきはらったが、ねっとりと泥がへばりついている。特にソックス、ズボンがひどい。汚れは帽子をも直撃している。どうやってこの汚れを落とすのか?ふと、おふろの角をみると昔の洗濯板とみたことのない洗剤がおいてある。早速すっぱだかになり、どっかりと椅子に腰をおろし、板の上に練習着をのせ、どんな頑固な汚れをも落とすという洗剤をたっぷりとまき、ごしごしとこすった。ソックスは軽いし小さいのでわりと早く汚れは落ちたが、真っ白にはならない。問題はズボンで白い箇所がないくらいひどいので一向にきれいにならない。そのうち腰が痛くなり、手もひりひりしてきた。一度立ち上がりズボンを持ち上げようとしたが鉛のように重く、ギクッという音と共に腰がくだけそのままへたばってしまった。とうとうギブアップした。役にたつどころか途中でなげだした自分が心から情けなかった。同時に毎日この作業をしている孫のことを思って感心をとうりこし涙がでた。ながい入浴時間のわけがようやくわかった。こっそり孫を呼びあやまった。彼はニヤッと笑っただけだった。よく朝、あふろ湯をのぞくと大きなたらいのなかに、きれいになった練習着がうかんでいた。洗濯機で最後の仕上げをすると「ばば、ありがとう」といって元気よく練習へとびだして行った。干すくらいは私でもできる。ピッピッパタパタとたたきながらしわをのばした。
 一番の願い、それは孫が試合に出てヒットを打つ姿をみることである。
 いつの日か冥土へ旅立つ日がくいる。その時のうれしいみやげにしたい。
 そんなに一生懸命なんだもの。その時は絶対にくる!あきらめないで!