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一次選考通過 『過去』 袰地 哲

 戸外に出、思わず立ち竦んだ。
 そう、今、旭川駅から永山駅に到着し見慣れた昭和の匂いと汚れた色を残した乗降場と階段、改札口を通過した瞬間だった。
 僕は、どこに来たのだろう?
 昼の眩しい光線を浴びたピンクと灰色の高層建造物が空を遮るように二棟立ち並んでいた。
 どこへ迷い込んだのだろう。微かな不安の中、しばらく佇んでしまっていた。
 風景は一変していたのだ。僕はゆっくりと眼を移動し、景色と馴染むよう努力する。
 正面に、くにさわ旅館の文字が朧げに眼光にそっと侵入して来た。高層住宅の影にひっそりと、それは見えた。あっと僕は呟き往昔の像が浮かび、ほっとした安心を取り戻した。
 今も変わらない駅は小さく平屋で貧相なものだった。僕は昭和四十年頃、駅裏の長屋に住み、この道を国道のバス停まで通った。
 駅前通りは。永山支所や瀬尾商店、生鮮市場と精香園、農協等客で賑わっていた。
 あの時から何年経つのだろう?
 数多くあった官舎や市場等も姿を消し、支所もグループホームに変じていた。
 それらは、時の波に呑まれどこへ行ってしまったのだろう。僕は立ち止まり駅前道路を見つめた。一直線の先は、上川支庁を越え、遙か彼方に、霧の中から十勝連峰が見えた。
 あの連山は老いや死を抱き生きているのだろうか。僕等は秒の時を刻み呼吸をしているのに。いや、あの山達は千年、億の世界を時をゆったりと駆けている。そう思うと僕はその姿に心を打ちのめされるし感動する。
 駅前は、すっかり変貌したのだ。
 広い歩道と空間、精錬された建物、すべてがコンパクトに調和が取れ、温かな景観となっていた。そこを歩むと思いがけない新鮮な感覚に包まれる。僕は前進し国道に向かう。
 突然、様相が変わる。昭和のあの香りを染み込んだ建物が昔と変わらずそこにあった。樋口商店、永山医院、名画堂、前坂肉店等、昭和の染(しみ=ルビ)となって、浸透した空間だった。当時、樋口商店で筆を買った。
 「高い筆よりこの安いのが書き易い」「儲けより客の喜び笑顔!」高笑いの社長の言葉。永山医院の年寄先生は通院時「飲み過ぎに注意!」と必ず最後に微笑んで言う言葉」
 ただ、それだけの人と言葉の出会いだが、僕にとって人の喜びと酒への自制心は、今もなお生き続ける。
 あの消えた街並にも、戦前の出兵の見送り、砲弾の音、悲鳴、そして戦後、食糧難を掻い潜って来た日々、悲しみ苦しみに耐えた人々の声が、ふっと浮かんで来る。
 不思議な思いで、今、生きていることに、ほっと吐息が出た。
 僕達は皆、過去で生まれ、時代の波に翻弄され育ち、形作られ、「今」と「秒」の世界に生き、「未来」を創る命の存在と思う。
 皆、過去からやって来た人間なのだから。大きく息を吸い、また一歩進んだ。