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一次選考通過 『父のカメラ』 高橋 正虎

 あの写真は僕が撮った最初で最後の父の姿だった。
 厳格だった父は僕の事を良く叱った。僕はそんな父が嫌いだった。
 しかし、あの時は違った。
 写真を撮る事が好きだった父は、どこへ行くのにもカメラを持って歩いていた。父の愛機は骨董品と言っても良いような代物だったが、それは大切に使っていた。
 普段そのカメラは、書斎にある机の中にしまわれていた。だがその日はなぜか居間においてあった。
 居間に入った時、何か不思議な感覚を覚えた僕の視線は、一度なりとも触らせてもらった事のない父のカメラに吸い寄せられていた。
 気付くと父のカメラを手に取っていた。
 ずしりと重く、ひんやりとした金属の塊から、どこか父を思わせる不思議な感触が手に伝わってきた。
 いい気になった僕は、一丁前に父の真似をしてカメラを構えたり、ファインダー越しにいつもとは少し違う景色を見たりしていた。
 父が居間に入ってきたのはその時だった。
 「怒られる」
 固まってしまった頭の中はその事でいっぱいになり、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。
 だが意外な事に父の言葉は穏やかだった。
 「なんだお前、それに興味があるのか」
 父の問いにただ首を縦に振る事しか出来なかった。しかし、その声には優しさと嬉しさの感情が入り交じっていたような気がした。父はその返事に満足したのだろうか、「そうか」と一言呟いた後、隣に来て嬉しそうに言った。
 「そいつの使い方を教えてやろう。どれ、貸してみなさい」
 それからしばらくの間、父からフィルムの入れ方や設定の仕方、ピントの合わせ方やシャッターの切り方を優しく、丁寧に教わった。
 その時の父の顔は、普段堅い顔をしている父からは想像出来ないような、とても、楽しそうな表情をしていた。
 「よし、それじゃあ俺を撮ってくれ」
 一通り使い方を教え終えた父は僕に向かって言った。
 父は写真を撮られる事を嫌っていたんだったので、今日はどうしたのだろうと思いながら、僕はたった今教えてもらった手順でカメラを操作して、撮影の合図を掛けた。
 ファインダーを通して父の喜色満面な顔を見ながら、シャッターを切った。
 「カチリ」
 小気味の良い音を立てて、カメラは父の姿をフィルムに写した。
 「俺が死んだら、このカメラはお前の物だ。大事にしろよ」
 今まで嬉々とした表情をしていた父は、ふと寂しそうな顔を浮かべた。
 この時なぜ父がこんな事を言ったのか良く分からなかったが、僕の目にはそんな父の姿が印象的に写った。
 その後父と散歩に出掛けた。二人でこんな風に歩いたのは多分初めてだったと思う。
 日が暮れるまで歩いてフィルム一本分の写真を撮った。
 帰りに近くの写真店にフィルムを現像に出した。一週間掛かるそうだった。
 「お前が初めて撮った写真か。楽しみだ」
 嬉しそうな父は写真が出来上がるのをとても楽しみにしていた。
 しかし、父はその写真を見る事は出来なかった。
 「約束だったからな。あのカメラはお前のだ」
 父の最後の言葉は僕に向けてだった。
 今、僕の首には父のカメラが掛かっている。