一次選考通過 『氷解』 石河 周平
君が旭川高専を三年で修了し、メディア関係の専門学校に行きたいと言ったあの夏、私は賛成できなかった。
幾度となくあった父子のバトル、そして君が東京に向かう春の朝、黙々と荷物を詰めていた君に私の惜別の言葉が届いていただろうか。君は東京に出ると直ぐにバイトを始めていたのだね。仕送り通帳の残高が一向に減らないことが心配だった。君はそうやって君の決意を示していたのだね。お母さんとは連絡がとれていたことは知っていた。しかし、私との音信不通はあの朝から続いていた。
私はある賞を受賞するために久しぶりに東京に出てきた。幸便よろしく私は知ろうともしてこなかった奇妙な名称の学校や、そこでの君の様子を知りたくて、昼下がりに知らせなく向かった。月日が私を少し変えていた。
教員から、「息子さんは学生会館に帰っているでしょう。今日締め切りの作品があったので徹夜をされていたはずです。これが息子さんの課題作です。それは私の目からも君が才能を開花させつつあることを、そんな評価を教員がしていたことが嬉しかった。学校を辞してその後、胸の高ぶりを聞きながら、しかしどこかでまだ喉に魚の骨が引っかかったような思いで君の処に向かった。
君が東京に出てきて初めて訪れた学生会館、受付で君の部屋番号を聞かなければならないという父子の関係に、改めて複雑なる思いがあった。あの朝からもう一年半が過ぎていた。私はどんな言葉を君にかけたらよいのか分からなかった。
部屋の扉をノックするが応えがない。静かにノブを回すと赤子のようにベッドに突っ伏していた君の姿。バイトに疲れ課題をこなす日々だったのだろう。躊躇いながら、
「お父さんだよ、ほら、お父さんだよ」。なかなか目覚めない。そのまま寝かしておこうかと部屋を出ようとした時、寝ぼけ眼で君は、
「あれ?ここ何処?」
「旭川じゃないよ」それが、一年半ぶりの私の精一杯の言葉だった。君は私の思いがけない登場に、二人の間にあった時間を見失っていたようだった。
見るからに痩せた君に心が痛む。「さぁ、ごはんを食べに行くよ。まだだろう」。君は少しはにかみながら、「分かった、今着替えるから外に出て」
「何を今さら」
「いいから、外に出て」と、私の背中を押す。すると君は突然、背後から覆いかぶさるように私に抱きついた。
「嗚呼懐かしい。お父さんの臭いだ」。君がまだ小さかった頃、職場から帰るとこうやって足元に纏わりついたね。夕日が差し込む部屋に訪れた時の休拍(?)。
私は暫し君の体温を背中に感じながら、鼻の奥がつんとするのを、それを啜る音を覚られないよう斟酌しながら、改めて押されるままに廊下に出た。
私は私の頑固さを心から詫び、声を殺して一人泣いた。恥ずかしくも溢れる涙に、張っていた気持ちの糸がプツリ、と切れた。
あの夏以来、私の中にあった旭川の冬の氷柱のような尖った蟠りを、君の無邪気な唐突さと体温とで、一瞬にして氷解させてくれたのです。