月刊フィットあさひかわは、旭川市・近郊町市村の気になる情報を取り上げてお届けします!

プラタナス大賞 作品発表

一次選考通過 『パノラマ銀河に雨が降る』 P.N./伊良原ゆずる

 上を向いても真っ暗だったので、僕は星空を見下ろした。
 「星…見える?」
 心配そうな唯の声。
 「やっぱ展望台に来ても、雨じゃ星見えないや」
 「そっかあ」
 嘘の1つや2つ、つきたかったけど僕は正直に答えた。
 今日は3000年に1度といわれる、流星がシャワーのように降り注ぐ日。二人で同じ時に、同じ星を見て、願いごとをしようと言い出したのは唯の方だった。
 「こっちは、相変わらず星綺麗なんだけどな~。でも全然流星見えないよ。博の実家のシャワーの勢いでいいから星降らないかな?」
 「悪かったな」
 小さい頃から、家が近いこともあり、家族ぐるみで唯とはよく遊んでいた。誕生日やクリスマスはもちろん、暇があったらお互いの家を行き来してて、観察力のある唯の方が僕の家のことを知っているのかもしれない。
 「ねぇ、もし流星見れたら何願うの?」
 「そうだなぁ。人生楽に生きられるようにとか…」
 「あ~あ。聞いて損した。ついでに願い事を人に言うと叶わないから、人生楽するのは諦めて他の願い事にしなね」
 本当の願い事なんて、今ここで言えるわけないだろうと思いつつ聞き返した。
 「言うと思う?」
 「思わない」
 「よくわかてるじゃん」
 「まぁな」
 1つ年下のくせに唯は僕に対しても生意気だ。
 「電話代もあれだし、流星も見えないから電話切ろうか」
 「なんだよ。俺は展望台に上ったりして、唯につきあってやったのに」
 「電話してたら、せっかくの展望台も楽しめないしょ?」
 「そういうことじゃなくて」
 「受験生は忙しいの、じゃあね」
 あっけなく電話は切られた。自分勝手なところのある唯だが、今日はやけに強引だ。怒らせたわけでもないんだけど。
 目の前を見ると街は滲んでいた。パノラマ銀河に点いては消えるビルの明かり。それを縫うように家路を急ぐ無数のライト。
 ――唯に会いたい――
 「わっ!」
 懐かしい温もりが背中に衝突した。
 「来ちゃった」
 そこには黄色いワンピースに着せられた唯が照れくさそうに立っていた。
 「なんでいるの?」
 「会って第一声がそれ?」
 「だって学校とか…受験生じゃん」
 さっきまで、普通に話せてたのに、言葉がなかなか出てこない。
 「一緒に3000年に一度の流星見たかったから」
 顔がニヤけそうになった。
 「と、でも言うと思った?息抜きというか、勢いというか、なんとなくだよ」
 実家を離れてまだ4か月とは思えないほど唯の笑顔が懐かしく嬉しかった。
 「雨、止みそうもないね」
 「シャワーのように降ってるのが星じゃなく雨だもんな」
 「でも、それでもいいんだ。久しぶりに博に会えたし、私は流星に願うより自分で夢を叶えるタイプだから」
 「どういうこと?」
 僕は唯が何を言いたいか何となくわかっていた。
 「だから、今私がんばってるんだ」
 僕は星空を見下ろし、唯の願いを応援した。
 「来年待ってるぞ」

一次選考通過 『教わる』 P.N./愛田 光輝

 四月中旬。この日、一通の封書が届いた。差出人は中沢絵里。それが誰であるかはすぐに分かった。懐かしい名前であった。
 ――玉山昌吾先生。ご退職おめでとうございます。先生、私を覚えていますか。小学校一、二年生の時お世話になった中沢絵里ですよ。母から「確か、玉山先生退職のはずよ」と教えられて、私も気がつきました。母が先生のお年を覚えていたのです。あれからもう三十二年が過ぎたのですね。
 絵里の手紙には結婚して子どもが一人いることも書かれてあった。差出名と最初の数行だけが旧姓であった。
 絵里が不登校傾向にあると知ったのは迂闊にも入学式を三週間も過ぎてからだった。
「絵里ちゃん、お母さんと一緒に来るよ」
 と言う子どもの一言に驚いて家庭訪問をすると、一人では学校へ行けないということがわかったのだ。そういえば絵里は教室でいつもぽつんと一人だったし、友達が遊びに誘ってもいやいやをするだけだった。私といえば専ら子ども達が起こすトラブルの解決に意識が向かっていた。
 私は不明を母親に詫びた。母親の話から推測すると、原因は人への不安であるように思えた。
 私は母親と、絵里の学校での友達作りの見通しを話し合った。父親も時々対話に参加した。何度も家庭訪問をし、軌道修正をした。
 やがて絵里は少しずつ誘ってくれる友達と遊ぶようになり、三学期に入ると友達と登下校をするようになった。
 それなのに絵里が突然、一人で帰ると言い出したのだ。雪の降っている日だった。「心の中を聞かせて」と言っても首を横に振った。
 私は放課後、絵里に一人ぼっちにならないでと説得した。屈んでいる私の肩の上に頬を乗せ、絵里はたくさんの涙を流した。
 次の日の絵里の日記。
 ――わたしはなおちゃんたちがいっしょにかえろうといってもひとりでかえります。でも、あしたからいっしょにかえるよ先生。うまくいくかなあ。わたしはしんぱいです。
 私は絵里の日記を読みながら少し安心した。
 ところがそれから五日後の朝、絵里の右の眉毛の半分がなくなっていた。奇妙な顔だった。私は母親にすぐ電話をした。絵里が自分で毟り取ったというのだ。原因は五日前だ。そう私は直感した。絵里は一人になりたがっている。でも私には不安だった。
 私は自宅の机に向かい、絵里との交換日記を何度も読み返した。蛍光灯の音だけがジージーと小さくなっていた。突然、一つの言葉が私の脳裏に躍り出て広がった。自由……。
 絵里は、はじめて自分の意思で『一人で帰る』ことを選択したのではないか。それは絵里の行動の自由が広がったからこそできたことではなかったのか。それを逆に私は絵里を閉じこめようとしている。なんと浅はかな。私は指導という名の強制を恥じた。絵里にすまなかった。
 次の朝、登校する絵里を玄関で迎えた。
 「ごめんね、絵里ちゃん。先生が間違っていたよ。一人がいい時は一人で帰ってもいいよ」
 頷く私の顔を見て、絵里は本当に嬉しそうに微笑んだ。
 絵里はやはり一人ぼっちではなかった。その日によって選択していた。絵里は一人で歩き始めたのだ。

 絵里の手紙には、母親から聞いた話もあるのだろう。「先生にはたくさんのことを教えていただきました」と書かれてあった。
 だがそれは違うのだよ、絵里さん。先生こそたくさんのことを教えてもらったのだよ。そして少しずつ教師になっていけたのだよ。返事にはそう書こうと思った。

一次選考通過 『桜』 P.N./椎名 リサ

 自分自身が敵になる事もある。頭の中をもどかしさや不安が占拠して思考がネガティブになる。相手が他人なら回避する術はあるが、それが自分となれば逃げられない。不安が駆け巡る内に、なぜか二十九年間の歴史の嫌な出来事までも思い返され、笑ってしまいそうになるのをグッと堪える。公園のベンチで一人で笑えば不審者確定だ。子供連れもいおれば、訳アリな人も来ていて、平日の昼間だというのに、賑わっている。「お姉ちゃん、どうしたの?」声がする方には、心配そうな顔の少女と少女の母親が立っていて、母親は私と同い年くらいで、自分のもう一つの人生と対面した様な気分だった。「えっ、あっ、何でもないです」我に返って答えたそのたどたどしさに母親が笑いながら話を続ける。「この子が“あのお姉ちゃん、ずっと下向いてる”って心配していたので声をかけました。驚かせて、すみません」――私、下向いてたんだ。――気づけば下を向いている事が多かった。そして、今日も……娘に遊具で遊んでくる様促すと隣へ腰掛け、たわいもない話を始めた。――あれ?あの子、小学一、二年くらいのはず。――だけど、理由を聞かれたくないのは、お互い様か。ふと「最近よく下向いちゃうんです。それでさっき……」ともらすと真剣な顔つきで耳を傾け、すっと立ち上がり「見せたい物があります。ついてきて下さい。」娘の元へ行き「桜、見に行こうか。」と声をかけた。嬉しそうに歩く親子の後ろをとぼとぼとついてゆく。――桜?もう咲いてないんじゃないかな?――十分程歩いた所で「ココです。」橋の下には川一面に桜の花びらが敷き詰められていた。「下を向かなきゃ見られない景色もあるんですよ。無理に前を見ようとしても眩しくて、よく見えません。きっと、この桜が咲いた時には、自然と前どころか上を向ける様になりますよ。その時に思う存分景色を眺めたらいんです」。母親が一人言の様に桜を見ながら、呟いた。「そうなれるかなぁ……」。私も一人言の様に呟く。すると、こちらを向いて「それが来年かもしれないし、もっと後かもしれない。でも桜が咲く頃を目標に少しずつ見方を変えていくんです。そしたら、この先に見える景色が楽しみになりますよ。その時に見る桜は綺麗にだろうなぁ。そうなりましょうよ。ねっ」「は、はいっ」。気迫に負けたのかは定かではないが、桜を見たいと思ったのは確かだった。そこからは、また、たわいもない話をして親子と別れた帰り道、ワザと下を向いて歩くと、くたびれたスニーカーが見えた。――新しい靴を買いに行こう。――いつもより軽い足どりで進むこの道の先が楽しい事ばかりではないのは、知っている。たとえ自分自身が敵だとしても、立ち止まらず歩いてゆこう。綺麗に咲いた桜を見るために。

一次選考通過 『自分占い』 P.N./和泉 えり

 この街は、冬が長い。

 鉛色の空模様ばかりで一面銀世界だった景色がようやく色付き始めて、緑が顔を出す前のこの季節が一番清々しいと僕は思う。
 妻は、まだ枯れ木の茶色ばかりで何が楽しいの、と言うけれど。
 外に出るたび、今日は暖かいとか、今日は肌寒いとか、少しづつ近づく春の気配に一喜一憂できるのも今の季節だけだ。

 いつもの朝、通勤道路。
 近文駅前から旭西橋まで一直線に伸びる道を、いつものように愛車に妻を乗せて走り抜ける。
 左右に並ぶ建物から一枚の絵のように丁度中心に旭岳が見えたら、今日はラッキーデーだ。

 「ちょっとは気分が上がった?」と妻が言う。
 「ちょっと上がったかも」と僕は答える。

 最近は会議ばかりが多くて朝が憂鬱なのは彼女も知っている。
 少し離れた薄曇りの朝でも、こんなふうに真っ白な山が山頂までクッキリ見えれば、僕の中での『自分占い』は吉になるのだ。

 実は空模様は、ほとんど関係ない。

 例えば、家を出てから橋を越えるまで、ずっと信号が青なら小吉。
 例えば、対向車に金運上昇の黄色い車があれば中吉。

 そんな自分ルールな占いに妻は笑うけれど。
 なんていったって、クライマックスは橋の中心、僕のテンションは最高潮に上がる。

 「やった!」

 朝陽に輝く石狩川の向こうに大雪山系が一切の雲掛かりもなくパノラマで広がっていれば、今日の僕は誰が何と言おうと大吉なんだ。
 午前のプレゼンでとちっても、午後にお得意様に叱られたって、僕の気分は下がらない。

 僕がそう決めた限り、僕の『自分占い』は絶対だ。

 世の中はきっとこんなふうに考え方一つで全てをひっくり返せるんじゃないかと僕は思う。
 それにはきっかけが必要だから、他人に笑われても物好きだと言われても気にしない。
 だって偶然の景色だけで毎朝気分がちょっとだけでも上がるなら、文句なんかないじゃないか。
 日々の仕事に疲れを感じていても、気の乗らない朝を迎えたとしても。

 「この道がさ、ずっとずーっと真っ直ぐだったら、あの山の天辺に登れそうな気がしない?」

 ラッキーな風景には、僕の空想だって広がる。

 「私なら橋の50M上空に青い椅子を置いて、この街を上からゆっくり眺めたいなぁ」

 空想話になら妻だってのってくる。

 何故青い椅子なのかというと、こんな青空の中なら保護色になるから地上から気づかれないし、50Mなら道行く人の表情も見えるからだそうだ。ちょっと現実的な空想だけど。

 こんな「大吉」な日は、お互いが現実に戻る頃には笑顔になれる。

 そんな考え方でも、今日はラッキーデーになる。

 自分勝手。
 でも、楽しい。

 明日は雨予報。さすがに澄み渡った山並みは望めそうにないけど。
 僕と妻の『自分占い』は日々進化して毎日をラッキーデーに変えていくのだ。

一次選考通過 『秘密』 山崎 篤子

 教会は、このプラタナスの並木を過ぎた先にあったはずだ。瑞希は三十年前の記憶を辿りながら歩を進めた。自分でも分からない衝動に駆られて病院を抜け出し、朝一番の汽車に飛び乗ってここまで来てしまったけれど、今頃夫は私の姿が見えないことを不審に思っているだろう。
 遠くに雪を抱いた大雪の山並が、眩しく光っていた。五月の北海道の風はまだ冷たくて、急に不安を覚えた瑞希は足を速めた。
 教会はあった。うっかりすると見逃してしまいそうなほど、慎ましやかにこじんまりと街中に佇んでいた。中はひんやりとして薄暗い。
 朋子、あんたのお葬式以来だね。瑞希は囁いた。来なかったのか来られなかったのか、自分でもよく分からない。私雄三さんと結婚したのよ。貴女が結婚するはずだった雄三さんと。もし貴女がトムラウシで滑落したりしなければ、私はあなた達夫婦のいい友人で終わったわね。恋心をそっと隠したまま。
 彼、今病気なの。一ヶ月持たないかもしれない。
 朋子に初めて出会ったのは大学の入学式の時だった。何となく視線を感じて振り向いた先に彼女がいた。その年の夏休みには彼女の実家に遊びに行き、忘れられない一夏を過ごすことになった。初めての北海道旅行。登山が趣味の彼女に誘われて、山にも登った。きつくてあれだけは勘弁してほしかったけれど、そのお陰で雄三と知り合えたのだから文句は言えないと瑞希は思ってきた。山小屋で、三人共同じ大学だということが分って本当にびっくりしたものだ。
 瑞希が朋子の魅力の虜になったように、彼もまた彼女に惹かれていくのが手にとるように分った。一足早く社会に出た雄三と婚約した年の晩秋、一人大雪からトムラウシの縦走に向かった朋子はそのまま帰らぬ人となった。
 雄三が朋子の影をずっと引きずっていることは分っていた。子供が出来ていたら少しは違っていたかもしれないと瑞希は思う。
 「死ぬのも悪くないな、彼女に会える」
 昨夜、病室のベッドの上でぽつりと雄三が呟くのを聞いた瑞希は激しい衝撃を受けて、思わず口から出かけた言葉をかろうじて飲み込んだのだった。
 (知らなかった?朋子が愛していたのは貴方じゃなくて私だったのよ)
 あの時葬式から戻ると一通の手紙が瑞希を待っていた。一言、貴女を愛しているわと書かれた手紙。差出人の名前は無いがまぎれもなく朋子の筆跡だった。平凡で何の取り柄も無いと言う瑞希を、そこがいいのに自分では分からないのねえと朋子はよくそう言って笑ったが、手紙のことは誰にも打ち明けられないまま封印してきたのだった。
 帰ろう。朋子が自殺を選ぶとは思えない。真相は永久に分からないのだもの、秘密は秘密としてこれまで通り自分の胸に収めておこう。
 ゆっくりと教会の扉を開けると、薄暗い中からいきなり眩しい外の光に目が眩んでちょっとたじろいだ後、瑞希は力強く一歩を踏み出した。

一次選考通過 『涙と仲間と絆と』 品川 美加子

「この学校に入って本当に良かった」。
 卒業間近の今この時、息子が心から「良かった」と思えることは、親として本当にありがたいと思う。

 甲子園に行きたくて、オレはこの学校に入った。練習は厳しいけれど仲間と頑張ってきた。残るは最後の夏。この仲間となら、甲子園への切符を掴めると信じている。
 そして、メンバー発表の日。一番から十八番までの中に中にオレの名前はなかった。

 家にたどり着くまではどうにか堪えた。でも、家に入った途端に座り込んで号泣した。泣いて泣いて、両親が帰ってくるまでに涙をすべて流し尽くしてしまおう。今まで一生懸命応援してくれた両親に涙は見せられない。
 その日、両親は何も聞かずいつもどおりに接してくれた。
 明日までに気持ちを切り替える。メンバーたちのために最強の応援が出来るように。スタンドからの熱い思いが届くように。

 数日後、大会が始まった。メンバーはグラウンドを走り、投げ、打った。オレはスタンドから声援を送った。オレたちの背中には「絆」。仲間と作ったTシャツだ。その絆の文字のとおり、オレたちはメンバーのために声を枯らし応援ダンスに汗を流し、メンバーたちはそれに応えるように必死にプレーした。
 そして、オレたちは甲子園への切符を手にした。泣けた。あの時の涙とは違う。熱いものが突き上げてきて涙が止まらない。オレは甲子園でもたぶんスタンドだろう。でもオレは誇りを持ってスタンドから声援を送る。メンバーのために。
 との次の日…。背番号の入れ替えがあり、仲の良いアイツがはずれた。アイツはオレの前だけで泣いた。「辞める。行かない。」上手い言葉が見つからない。悔しい気持ちは痛いほどわかる。でも自分で乗り越えなきゃならない。だからオレの前では号泣すればいいい。
 翌日、アイツは練習に来て笑顔で言った。
「応援のダンスを教えてくれ」

 甲子園でアイツもオレも思いっきり踊り声援を送った。メンバーはそれに応えるように戦った。結果延長戦で負けたけど、スタンドの観客は立ち上がり暖かい拍手をくださった。オレはその拍手にまた泣けた。

 甲子園から戻ってから、アイツはオレの両親に頭を下げた。
「今まで支えていただき、ありがとうございました」
 なんだかアイツが格好良く見えた。

 息子にとって仲間と過ごした三年間は一番の宝物だ。絆で繋がった仲間との最後の夏は、息子の中で一生キラめいているのだろう。

一次選考通過 『練習着』 佐久間尚子

 孫の入浴時間が長い。さっきから気になってしかたがない。二時間は過ぎただろうか?ようやく顔を真っ赤にしてあがってきた。
「ながいおふろだね」。声をかけると「練習着洗っていたんだ」。「ふーん、自分で洗うんだ。大変だね」というと、母親が厳しくて、好きな野球をしているんだから何事も自分でするよういってあるらしい。小学校四年生から野球、野球の毎日を過ごしてきた。高校二年生になった今も野球で頑張っている。しかし、部員の人数が多く、真面目に一生懸命やっているが、自己PRが下手で苦手でめだたなく、なかなか試合にだしてもらえない。ひかえめな子にも目をかけてくれる監督だったらいいなあといつも思っている。さて、その練習着だが、いいとこみせようと思い内緒で洗うことにした。大きな袋からとりだそうとした途端、ボタボタと大きいのや小さい泥の固まりが落ちてきた。あわてて外にもっていきはらったが、ねっとりと泥がへばりついている。特にソックス、ズボンがひどい。汚れは帽子をも直撃している。どうやってこの汚れを落とすのか?ふと、おふろの角をみると昔の洗濯板とみたことのない洗剤がおいてある。早速すっぱだかになり、どっかりと椅子に腰をおろし、板の上に練習着をのせ、どんな頑固な汚れをも落とすという洗剤をたっぷりとまき、ごしごしとこすった。ソックスは軽いし小さいのでわりと早く汚れは落ちたが、真っ白にはならない。問題はズボンで白い箇所がないくらいひどいので一向にきれいにならない。そのうち腰が痛くなり、手もひりひりしてきた。一度立ち上がりズボンを持ち上げようとしたが鉛のように重く、ギクッという音と共に腰がくだけそのままへたばってしまった。とうとうギブアップした。役にたつどころか途中でなげだした自分が心から情けなかった。同時に毎日この作業をしている孫のことを思って感心をとうりこし涙がでた。ながい入浴時間のわけがようやくわかった。こっそり孫を呼びあやまった。彼はニヤッと笑っただけだった。よく朝、あふろ湯をのぞくと大きなたらいのなかに、きれいになった練習着がうかんでいた。洗濯機で最後の仕上げをすると「ばば、ありがとう」といって元気よく練習へとびだして行った。干すくらいは私でもできる。ピッピッパタパタとたたきながらしわをのばした。
 一番の願い、それは孫が試合に出てヒットを打つ姿をみることである。
 いつの日か冥土へ旅立つ日がくいる。その時のうれしいみやげにしたい。
 そんなに一生懸命なんだもの。その時は絶対にくる!あきらめないで!