「旭川市立緑ヶ丘小学校」
開校40周年 輝く夢!
旭川市緑が丘3条4丁目にある緑が丘小学校は、
開校40周年を迎えました。そのお祝いの様子と、
元気な子供達の毎日を御紹介します。
新しくなった体育館
0年前の緑が丘。まだ住宅もまばらでした。開校当時は体育館やプールもなく、校舎も現在の半分程度。それから40年。約4400名の卒業生を輩出し、街も発展し、生徒数も増えて来ました。40年を迎えたこの年、耐震工事をしていた体育館が完成しました。開校当時、体育館が建設中で、色々不便なことがありましたが、耐震工事中も廊下で朝会をしたり、運動会を秋に実施したりしましたが、完成して新築かと思うくらいの素晴らしい体育館を見て、子供達も先生も心から喜びました。
照明は市内初のLED照明。バスケットのバックボードは木製からアクリル板になりクリアになりました。そして電動で下りて来ます。ラインは床を削って引き直しました。ボロボロだった窓枠も塗り直してきれいになりました。時計も新しく大きくなりました。体育館の玄関は、扉の向こうはすぐに外だったので、とても寒かったのですが、中扉ができてとても温かくなりました。玄関にあった水道も冬は凍結するので使えなかったのが使えるようになり、トイレも学校で一番きれいなトイレになりました。
2月19日に、開校40周年をお祝いする歌声集会が、新しくなった体育館で開催されました。「40周年 輝く夢を ひびかせよう!」と題し、全校合唱や全体合唱があり、開校40周年までのあゆみがスライドで上映されました。校歌、宝島、トゥモロー、ふるさと。一曲一曲がそれぞれの心に響いて来たことでしょう。
40周年にちなんで
緑が丘小では40周年を記念して大々的な式典などは行いませんでしたが、運動会や学芸会では40周年にちなんだ物が登場しました。運動会では、開校当時、10年、20年、30年、40年の校長先生の写真が並び、サイコロを投げて、出た目の校長先生にタッチする競技は、大いに盛り上がりました。
学芸会では40年位前の曲を踊りました。「ヤングマン」「私の彼は左きき」これがとても上手。上手という言葉では表すことができないくらい最高。本当に楽しいんです。一番受けてたのは、もしかしたら先生達だったのかもしれません。とても面白くて評判が良かったので、6年生を送る会でも踊りました。送る会では1年生はスーパー6年生というコントを、3年生は6年生の担任の先生をゲストに招いてテレホンショッキングをしました。緑が丘小の子供達の明るさとセンスの良さは最高です。
みどりスタイル
緑が丘小の吹奏楽クラブは、北海道吹奏楽コンクールに地区代表で3年連続出場しました。札幌コンサートホールキタラで力強い演奏を披露し、大きな拍手をいただきました。入学式や卒業式、運動会などでも活躍しています。
また、6年生に道北初のドクターヘリシミュレーションが行われました。フライトドクターとフライトナースも来て話をしてくださいました。先生は小学生に話すのは初めてですと言いながら、興味深い説明に、皆熱心に耳を傾けていました。
緑が丘小には若い先生も多く、23才の清水孝治先生、26才の森山文乃先生達は、子供達から信頼される先生を目指して、熱心に指導をしています。そんな先生達の熱い想いが通じているせいなのでしょうか。
そんな先生達の熱い想いが通じているせいなのでしょうか。緑が丘小の子供達は元気で明るく、本当に楽しい、子供らしい子供です。ズンドコ節を踊る姿を見た人は、誰でも笑顔になり、その一生懸命さを、ずっと見ていたい、そんな気に誰でもなります。周りの人も幸せにする、そんな子供が育って行く、素晴らしい環境がある小学校です。そんな先生達の熱い想いが通じているせいなのでしょうか。緑が丘小の子供達は元気で明るく、本当に楽しい、子供らしい子供です。ズンドコ節を踊る姿を見た人は、誰でも笑顔になり、その一生懸命さを、ずっと見ていたい、そんな気に誰でもなります。周りの人も幸せにする、そんな子供が育って行く、素晴らしい環境がある小学校です。
先生になって3年目。真面目で伸び伸びと過ごしている子供達の一年間の成長が嬉しいと話します。大学時代はハンドボールをしていました。今はバスケット少年団を担当しています。一人暮らしで得意料理はキンピラ、煮込みハンバーグ等ですが、帰りが遅いのでスーパーのおかずになることもあるとか。楽しい学校生活が送れるようにと願いながら指導しています。