子育て注意点

授乳にかかわる諸問題⑦

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人工栄養で最も重要な留意点

赤ちゃんをやむをえず人工栄養で育てるとき、母親は自分に対して常に言い聞かせておかなければならないことがあります。
生まれてきた赤ちゃんは胎内にいた時から数えてもう十ヶ月もお母さんと付き合っており、生まれた後はお母さんのお乳を飲ませてもらえるものだと信じて出てきたのです。それを今さら人工栄養にするなんて、そこにどんな理由があろうとも、それは母親の一方的な都合でやることです。「人工栄養にしたいのですが、よろしいでしょうか」と赤ちゃんにお伺いして同意を得たわけではないのですから、ゴム乳首を含まされた情けない思いの赤ちゃんに対して、その都度「ごめんね」「お母さんを許してね」とお詫びをしなくてはなりません。これが礼儀というものです。

ここで連載第三十四回「母子一体感が育児の出発点」を参照してください。そこにインプリンティングが不足なく終了するための抜けてはいけない七項目がありますね。その第一項は「赤ちゃんが母の乳首に吸いつき、その乳を飲むこと」です。あとの六項目もそうなのですが、これらは「母子がお互いに離れられない存在」になるための抜けてはいけない動作なのです。
インプリンティングが赤ちゃんの発達に不可欠であることは誰にでもすぐ理解ができるのですが、実はそれと同時に、単に子を産んだだけで、まだ「母」になっていない女性が「母」になっていくためにも不可欠なのです。
女性にはみんな『母性発生システム』が先天的にそなわっているのですが、このシステムはあの七項目を実行しなければスイッチ・オンになりません。したがって母乳授乳の最中に赤ちゃんから発せられる『母性発生システム解発因子』のいくつかを母親が受け取れないと、システムの一部が起動されず、『母性発達障害』が発生し、母になりきらない『発達障害母』ができ上がる可能性があるのです。
人工栄養の場合には「赤ちゃんが母の乳首に吸いつき、その乳を飲む」という行動がないので、母乳を与えているお母さんに比べてプロラクチン(乳腺刺激ホルモン)の分泌が少なく、母性の発生に加速がかかりません。そのため、えてして動物にエサをやるようないい加減な気持ちになりがちで、果ては、寝ている赤ちゃんにかけてある毛布にシワを作ってビンをずれないようにして、「お前一人で勝手に飲め」というような怠慢なことをやってしまうのです。これでは赤ちゃんに心の栄養を与えることができないのは当然です。こういうことをやってはいけません。

たとえ夜中であっても、いかに眠くても、赤ちゃんに哺乳ビンで授乳する時は、できるだけ母乳授乳の時と同じような状態にしなければなりません。ちゃんと正座するか、椅子に腰掛けるかして赤ちゃんを抱き、その顔をしっかりと見つめながら授乳しましょう。
なお、授乳間隔の一応の目安は三時間ごとです。しかしあまりこだわる必要はありません。スヤスヤと眠っているのに起こして飲ませるのも良くないし、赤ちゃんが飲みたがっているのにまだ時間がこないからといって与えないのもいけません。また、夜間の授乳を無理に止めると指しゃぶりの原因になることがあります。

授乳にかかわる諸問題⑥

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人工栄養とは

何らかの理由で母の乳を飲ませることが不可能なときには、やむをえず、ほかの動物の乳を人乳の代わりに赤ちゃんに与えなければなりません。このことを人工栄養といいます。すなわち人工栄養とは人間の乳と同じものを人工的に製造して、それを赤ちゃんに与えているのではないのです。これは大変重要なことなので決して忘れてはいけません。
缶詰になって市販されている粉ミルクは、牛の乳から水分を抜き去って粉状にしたものです。これに人間の子にとっては不足している成分を加えてあります。この粉に水を加えて飲める液体にする操作を調乳といい、調乳すると牛の乳でもなく人の乳でもない白い液体ができ上がります。
そもそも牛の乳は牛の仔を育てるために出てくるものです。従って牛の乳には人間の子にとって不必要なものが含まれていたり、必要なものが不足だったりしています。足りない成分は全部人工的に補うことができるかというと、そうもいかないのです。その代表的なものは病気に対する抵抗力のある物質、すなわち免疫物質で、これはどうにもなりません。誰でも知っていることですが、母乳を飲んでいる赤ちゃんは麻疹(はしか)にかかりません。理由は母乳の中に麻疹に対する免疫物質が含まれているからです。もちろん牛の乳の中にはありません。麻疹は牛の病気ではないので。
余計に含まれている成分の代表的なものがタンパク質とミネラル(無機質)です。タンパク質が人乳の二倍、ミネラルが三倍です(表1)。いまタンパク質の濃さを人乳と同じにしようとして牛の乳を二倍にうすめると、それでもミネラルはまだ濃すぎるし、ミネラルを人乳に合わせようとして三倍にうすめると、今度はタンパク質の濃さが足りなくなり、その上、もともと少なかった成分はさらに少なくなってしまうという、なかなか厄介な問題があるのです。
表1は、いろいろな動物の乳のタンパク質とミネラルの含有量を示したものです。ほかの動物の乳と人乳とではこんなに違うのです。
ウサギを見てみましょう。生まれてからわずか六日で出生時の体重の二倍になっています。ウサギは弱い動物なのでほかの肉食獣に捕まらないようにするためには早く大きくならなければならないからです。そのためにウサギの乳のタンパク質とミネラルの含有量は人乳にくらべて十倍も多いのです。
これに対して人間の子は脳がまだ未熟のままで生まれてくるので、生後一年間というものは歩いたり走ったりという運動機能の発達は後まわしにして、もっぱら脳の発育に力を入れます。そのため人間の乳はこんなにうすい組成になっているのです。

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授乳にかかわる諸問題⑤

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母乳の上手な飲ませ方

よく出る母乳でも飲ませ方がまずいと出方が悪くなることもあるので、上手に母乳を飲ませるやり方を知るのは大切なことです。
生まれてきた赤ちゃんに何の異常もなければ、生後三十分以内に最初の授乳(もちろん母乳)をします。なぜ三十分以内なのかということについては連載第四十七回を参照してください。

赤ちゃんが母の乳頭に吸い着くと、それは乳腺に「乳を出しなさい」というスイッチを入れたことになり、母の身体はそれに呼応してお乳の製造を開始します(連載第九十八、九十九回参照)。そして二日、三日とたつうちに、母のほうも赤ちゃんのほうも、飲ませ、飲むことがだんだん上手になっていきます。

母乳授乳は乳房の中にたまっている乳を飲ませるのではなく、乳房の奥からそのときに泉のように湧いて出てくる乳を飲ませるのですから、片方の乳房が空になってから反対側を飲ませようとしてはいけません。そのようにすると両方の乳房を上手に飲ませることができなくなります。

以下に私が桶谷そとみさんから習った授乳法をお話します。

授乳を開始する時の手順は、まず最初に両方の乳房の上のほうを軽くつまんで持ち上げ、乳房をゆすって振動を与えてから、乳頭を含ませる前に五~六滴ぐらい乳をしぼり出します。それから乳頭を含ませます。こうすることで乳頭がやわらかくなり飲みやすくなるのです。

お乳がとてもよく出る人の場合は、五~六滴ではなく三〇ミリリットルぐらいはしぼって捨ててもよいでしょう。いずれにしても必ず以上の操作をやってから、乳頭を赤ちゃんの口に含ませることが大事です。乳房を取り出すやいなや、何もしないですぐ飲ませるのは感心しません。

次に、どちらの乳房からやるかというと、出にくい、飲ませづらい乳房のほうから先に与えます。五分間ぐらい一気に飲ませたら、そのあと素早く抱きかえて、反対側の出やすい飲ませやすい乳房を含ませ、今度はゆっくりと七分から十分ぐらいかけて飲ませましょう。これで一段落です。

ときにはもう一度湧き出てくることがあります。このとき出にくいほうの乳房にも湧いてくるので、もう一度出にくいほうから飲ませます。そのあと、また同じように出やすいほうも飲ませるのです。こうしていると出にくかったほうの乳房も乳汁分泌が良くなって、両方の乳房とも授乳しやすくなっていきます。できるだけ、この二回目に湧いてくるお乳まで飲ませるようにするといいのです。

赤ちゃんのおなかが一杯になって授乳がすんだら、乳房の中に残っている飲み残しの乳はしぼって捨てること。
そのほか常に乳頭や乳輪部の形に注意して、変形していないかどうかを調べておくことも大切です。赤ちゃんの抱き方に注意して授乳することによって変形を防ぐことができるし、また変形が起こってきたときは抱き方を変えることで変形を治すことができます。以上。

母乳はいつごろまで与えたらいいかというと、日本人の伝統的な育児法としては、赤ちゃんがひとり歩きができるようになるまでですが、もっと後まで与えてもかまいません。

授乳にかかわる諸問題④

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赤ちゃんは母乳で育てましょう

次に掲げるのは、ユニセフとWHOの共同声明として一九八九年、主として後進国向けに出された「母乳育児を成功させるための十ヶ条」です。

一.母乳育児の方針を全ての医療に 関わっている人に、常に知らせること
二.全ての医療従事者に母乳育児をするために必要な知識と技術を 教えること
三.全ての妊婦に母乳の良い点とその 方法をよく知らせること
四.母親が分娩後、三十分以内に母乳を飲ませられるように援助すること
五.母親に授乳の指導を十分にし、も し、赤ちゃんから離れることがあっ ても母乳の分泌を維持する方法を  教えること
六.医学的な必要がないのに母乳以外のもの、水分、糖水、人工乳を与  えないこと
七.母子同室にする。赤ちゃんと母親が一日中二十四時間、一緒にいられるようにすること
八.赤ちゃんが欲しがるときに、欲しがるままの授乳を勧めること
九.母乳を飲んでいる赤ちゃんにゴムの乳首やおしゃぶりを与えないこと
十.母乳育児のための支援グループを作り援助し、退院する母親に、このようなグループを紹介すること

このとおり行っている病院(または施設)なのか、また分娩についてはルボワイエの言っている方法(連載第四十六回「ルボワイエの言う理想的な出産」参照)でやってもらえるのか、この二つをよく調べてから出産する所を決めるのが賢明でしょう。ただ、「母乳で育てよう」という言葉に反対を唱える人は今やいないのですが、しかし現実にはそうなっていない病院や施設が非常に多いのです。
ところで、この十ヶ条は病院や施設に対して出しているもので、これから出産、子育てをやる人のために書かれたものではありません。そのうえ条文の数が多く、しかも逐語訳のために日本語としては読みづらく、実用的ではありません。そのため私は母乳育児の第一人者であった、山内逸郎先生の「山内三・五カ条」をおすすめしています。これをお読みになればたちどころに納得がいきます。

一.出産三十分以内に初回授乳をさせること
二.出産二十四時間以内に七回以上(初回授乳は含まず)飲ませること
三.出産直後からの母子同室、母子同床にすること
三.五 陣痛が起こったら乳管開通操作を始めて、乳管のつまりを取っておくこと

最も大事な「三十分以内の初回授乳」

ユニセフとWHOの共同声明でも第四項で掲げていますが、初回授乳がなぜ三十分以内でなければならないかというと、この時間帯、母体は乳汁を製造する用意が完了しており、作動するためのスイッチが入る、すなわち「赤ちゃんが吸いつくのを待っている」状態にあります。この状態が最も敏感になっているのが「三十分以内」であり、それ以降になると、時間がたつにつれて反応が鈍くなるのです。「乳の出ない母親」は、たいていこの時機を逸したか、または最初から人工栄養を与えたことが原因となっているのです。

授乳にかかわる諸問題③

母乳が不足していると思ったら、すぐ混合栄養にするのが現在では常識のようになっていますが、そうするとさらに母乳の出が悪くなります。理由は、母の乳頭からお乳を飲む時とゴム製の乳首から飲む時とでは、赤ちゃんの唇や舌の使い方がまったく違うからです。
母の乳頭からの飲み方では、赤ちゃんは乳頭を舌の上にのせ、舌をまるめて乳頭をくるむようにします。お乳は乳房の奥から泉のように湧いてくるので吸い取る必要はありません。湧き出てくる圧力を利用して乳頭を少し押すようにして飲みます。
ゴム乳首の場合は私たち大人がストローで液体を吸う時と同じです。赤ちゃんは舌でゴム乳首を上顎と舌の間に固定します。ビンの中身は自然には出てこないので、赤ちゃんは口の中を陰圧にしてビンの中身を吸い取らなければなりません。
このように、母の乳頭の時とゴム乳首の時とでは飲み方がまったく違うのですが、問題はこの二とおりの飲み方を赤ちゃんは使い分けることができないという点です。

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その上困ったことには、ゴム乳首の飲み方のほうが赤ちゃんにとってはやりやすいのです。
ここで、母乳と粉ミルクの混合栄養にしたら、どのような経過をたどるのか見てみましょう。初めてゴム乳首を含まされた赤ちゃんは、それまでの母の乳頭の含み方や舌の使い方を「ゴム乳首式」に変えなければなりません。何とかそれができるようになったと思ったら、また母の乳頭を含まされる。赤ちゃんは再びもとの母乳の飲み方に戻さなければならない。ところが母乳の飲み方のほうが難しい。こんなことをくり返しているうちに、赤ちゃんは母乳の飲み方がだんだん下手になっていきます。そうするとここに問題が発生するのです。
人間の乳汁は牛やヤギのように常時乳房の中に溜まっているのではなく、赤ちゃんが乳頭を含んだ時「乳汁製造開始」のスイッチが入るのです。しかし赤ちゃんが「ゴム乳首式」で吸いついた場合は、母体にとってスイッチ・オンにはなりません。そのためお乳の出方が悪くなり、赤ちゃんは母の乳頭を含むのを嫌がるようになる―こういう悪循環になって、最終的には出るはずの乳も出なくなってしまうのです。
ちょっとでもお乳の出方が少なくなると安易に粉ミルクで追加しようとする人が多いようですが、以上の経過でおわかりのとおり、「混合栄養にする」のは「母乳を止める」ことにつながるので、少しぐらい母乳が不足しても、ここは一番、母も子も辛抱することが大切なのです。
だから、母乳で育てている赤ちゃんに砂糖水、果汁などを与える時も、哺乳ビンを使ってはいけません。赤ちゃんの吸啜力を落としてはいけないので、スプーンで与えるようにしましょう。これはいささか面倒くさいことですが、親も子も忍耐して練習すれば、赤ちゃんは数日のうちにスプーンで飲めるようになります。もちろん母乳でも、いったんしぼって出してしまったものはスプーンで飲ませましょう。スプーンを使った場合でも、上手になれば授乳の所要時間は哺乳ビンで飲ませた時とほとんど変わりません。

 

授乳にかかわる諸問題②

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母の乳頭とゴム乳首の違い

赤ちゃんの身体に刷り込まれるものに、もう一つ大事なことがあります。それは乳頭(乳首)の問題です。
赤ちゃんが生まれて初めてくわえたものがゴム製の乳首であった場合には、赤ちゃんはそれを自分専用の乳頭だと思い込むので、その後になって実母の乳頭を含ませようとしても、〝これはオレのじゃない〝という反応を起こし、その後の授乳がやりづらくなることがあります。
したがって赤ちゃんが初めて母の乳頭を含むよりも先に、哺乳ビンのゴム乳首をくわえさせてはいけません。中身が粉ミルクではなく単なるブドウ糖液であっても、ゴム乳首であることが問題なのです。
一方、母乳で育っている赤ちゃんが四ヶ月ぐらいになったとき、果汁などを哺乳ビンで飲ませようとすると、ゴム乳首を嫌がってどうしても飲もうとしないことがあります。もちろん〝これはオレのじゃない〟というわけですが、こういうのはとても好ましいことなのです。母の乳頭のインプリンティングがうまくいっている証拠だからです。こういうときは赤ちゃんの心が健やかに育っているのですから、そのことに感謝しながら気ながにスプーンで飲ませるようにしましょう。

 

ゴム乳首の孔が大きいと無気力な人間を作る

赤ちゃんが〝あぁ、おなかが一ぱいになった〟という気持ち、つまり満腹感は単に胃袋がお乳で一ぱいになっただけでは起こりません。胃袋がお乳で一ぱいになると同時に、お乳を一所懸命に吸啜したことによるホッペの筋肉の疲労がないと、赤ちゃんは満腹になった気がしないものなのです。
粉ミルクで育てる場合、使っているゴム乳首の孔が大きいと、赤ちゃんはそれほど強く吸わなくてもお乳はどんどん出てきます。そうすると赤ちゃんの胃袋はもう一ぱいになっているのに、ホッペの筋肉はまだ疲れていないという状態が生じます。このようなとき、赤ちゃんは実際にはもう満腹になっているのに口だけはまだお乳を吸う動作を続けることがよくあります。
赤ちゃんがもっと飲みたいような動作をしているのを見ると、私たちは赤ちゃんのおなかはまだ一ぱいになってはいないのだと思い、ついつい必要以上に飲ませてしまいます。
親というものは赤ちゃんがグイグイ飲んで太ってくると、それが立派に見えてとてもうれしいのですが、太りすぎると将来の肥満につながる恐れがあり、しかも成長期の肥満は後になって何かと厄介な問題を引き起こしてくるので厳重な注意が必要です。赤ちゃんの体重はそのときの身長に見合った体重よりも重くならないように注意しましょう。
さらにゴム乳首の孔が大きいと、赤ちゃんは努力しなくても楽にお乳が飲めます。これは『食物を手に入れるには大変な苦労が必要なのだという、あらゆる動物の生存に基本的に必要な心構えを作る機会を失わせることになり、その赤ちゃんは将来無気力な人間になる』と動物行動学者のK・ローレンツが言っています。肥満にしても無気力にしても、いずれも重大なことなので、粉ミルクで育てるときは、乳首の孔は一番小さいのを使いましょう。

授乳にかかわる諸問題①

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母は乳とともに心の栄養を与える

お乳の話に入る前に私たちはここでしっかりと確認しておかなくてはならないことがあります。それは、赤ちゃんにお乳を飲ませるということは動物にエサを与えることとはまったく異なる行為であるということ、さらに私たちおとなが三度の食事をするのとも、ぜんぜん異質の行為であるということです。
授乳とは読んで字のごとく乳を授ける行為ですが、その内容は、食糧としての乳を赤ちゃんに与えるのと同時進行的に、赤ちゃんの心の発育のための栄養、すなわちインプリンティングの重要な七項目のいくつか(連載第三十四回参照)が行われるのだということ、そしてそれは同時に、子を産んだだけでまだ母になっていない女性が母になっていく行程の第一歩なのだということ、それを決して忘れてはなりません。

そのためには赤ちゃんに最初に与えられる乳は、実母の乳でなければなりません。これには二つの理由があります。
その第一は免疫に関することです。生後二十四時間とも、四十八時間とも言われているのですが、この間に赤ちゃんの身体の中に入ったものに対しては、赤ちゃんの身体は全部自分のものだと覚え込みます。
だからこの期間内に粉ミルクが与えられれば、その赤ちゃんの身体は粉ミルクの原料である牛の乳を自分のものだと覚え込んでしまいます。したがってその後になって実母の乳が与えられても、赤ちゃんの身体は実母の乳なのに自分のものではない、代わりのものを与えられたのだと反応するのです。実際に母乳で育てているのにミルクアレルギーを起こしている赤ちゃんがいるのですが、こういう場合はこのへんに原因があることが多いのです。

初めて外来に来た乳児を診察する時、私は必ず母乳で育てているのか粉ミルクなのかを聞くのですが、「ずっと母乳で育てています」と答えるお母さんの記憶の中には、生後四十八時間まではどうだったのかを数えていない場合が多いようです。
もし生後四十八時間以内に実母の乳以外の乳を与えられてしまったら、それは残念ながら「ずっと母乳で育てている」ことにはならないということを知っておいてください。
母と子は分娩によって母体と赤ちゃんとの二人に分かれます。分かれますが、それは単に生物体としてそうなったのであって、この二人を人間として見た場合には、哺乳をしている間は心身ともにまったく一体なのです。さらに精神的な面についてだけ言えば、三歳まで母と子とは一体で、精神的には三歳まではまだ生まれていない状態だと言ってもいいのです。これが第二の理由です。

しかも乳汁は母体にとって一種の排泄物であり、体外に排出されるべきものです。だから赤ちゃんに乳を与えるとは言っても、母にとっては湧き出てきたお乳を赤ちゃんの口で飲み取ってもらうことであり、赤ちゃんのほうは自分のおなかを一ぱいにすると同時に母の乳房を空にしてあげるという、母と子の共同作業なのであって、授乳とは決して母から子への一方通行の行為ではないのです。だからこそ、ここに母と子の一体感というものができ上がっていくのです。

育児のための衣服の条件⑦

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手の平と足の裏

ふだんの生活の中で私たちのまわりには、床に転がっている小さなオモチャなどをうっかり踏みそうになった時、足の裏の感じで一瞬にして踏むのを止めることのできる人と、そのままグッシャリと踏んでしまう人とがいます。
瞬間的に踏むのを止めることのできる人は足の裏の敏感な運動神経の鋭い人。グッシャリの人はもちろん鈍い人です。この違いは持って生まれた素質にもよりますが、もう一つ重要なことは、子どもの時から足の裏と爪先の感覚のトレーニングをどれぐらい受けてきたか、ということにも関係があります。

四本脚の動物はその四本とも同じような役目をするのに対して、人類の手と足にはそれぞれ別の役割があります。すなわち手は知能と直結し、足は運動機能と直結しているのです。
私たちは自分の足の裏と爪先からくる情報や経験によって、今立っている所は硬いのか軟らかいのか、乾いているのか湿っているのか、ザラザラなのかツルツルなのか、水平なのか斜面なのか、熱いのか冷たいのかなどを弁別します。そうしてこれらの情報や経験を記憶して、次に同じような所に立った時のために備えるのです。

このことは、地面や床の状態を目で見て推測したのとはまったく違うことなのです。またそれらを手で触れて感じたことともぜんぜん異なります。私たちの足の裏と爪先は、身体の他の部分では代りをすることのできない役目を持っています。
赤ちゃんが発育していく時、足の裏と爪先の役割がはっきりと出てくるのは、自分の身体には手とは違うものが二本ついていることがわかった時からです。あお向けに寝ている時、両手で自分の足をつかんで遊ぶようになったら、もうその赤ちゃんの足の仕事は始まっていると考えていいでしょう。

立って歩くことができるようになれば、さらに多量の情報と経験を足の裏と爪先から得て、赤ちゃんはそれらを運動機能の発達に役立てていきます。

 

靴下は運動神経を鈍くする

この発達の途中、足に靴下をはかされたらどうなるでしょう。まさに靴の底から足の裏をかくように、もどかしいことこの上ないでしょう。赤ちゃんに靴下をはかせるのは、自分の子どもの運動機能の発達をわざわざ遅らせることになるのです。赤ちゃんは可能なかぎり素足で育てましょう。
太ももから露出する必要はありませんが、くるぶしから先は出しておかなくてはいけません。私の経験では、素足で育てた赤ちゃんと、靴下をはかせて育てた赤ちゃんとの運動機能の発達の差、特に敏捷性の差は明らかで、生後十ヶ月ぐらいでそれがはっきりと出ます。赤ちゃんにとって手の平と足の裏は、目や耳に匹敵する重要な感覚器官なのです。また、赤ちゃんがハイハイを始めたら、できれば膝から下は出したほうがいいのです。膝の触覚はハイハイを早めます。
一般にお母さんたちは、カゼをひくといけないから靴下をはかせなくてはと思い込んでいるようですが、素足が原因となってカゼをひくことなどないし、カゼをひいている時でも素足が原因で悪化することはありません。

 

育児のための衣服の条件⑥

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私たちは本当に進化した結果なの?

進化論によれば私たちの祖先といわれているアウストラロピテクスは、およそ四百万年前、人類への道を歩み始めたのだそうです。猿人の前足の五本の指のうち、親指とほかの四本の指とが向かい合うようになったことによって、前足は手となり道具を作ることができるようになったからだといわれています。
道具を使うようになったことが脳の発達をうながし、脳が発達したことがさらに指の動きを良くしていったと説明されています。すなわち、手の平や指の先で感じ取ったいろいろな情報や経験が、脳の発達と人類の進化の原動力となったのだ、というのです。このような極めて好都合な正のフィードバック(=結果が原因を増長させること)が働いて、猿人は人類へと進化したとのことです。
しかしこれは甚だ都合のいい話です。というのは、ゴリラやチンパンジーの祖先だといわれているプロコンスルという猿は、一二〇〇万年ぐらい前にいたそうですが、こちらはほとんど何の進化もせずに今のゴリラやチンパンジーに至っているといわれているからです。つまり一方は四百万年で人間まで進化したのに、もう一方はそれより八百万年も前から同じ環境にいるのに進化のチャンスが一度もなかったということになるわけですから。
しかも人類学では現代の人類である私たちもまだ進化を続けている最中で、このへんで止まるのではなく未来においてさらに高度な人類になる、その途中に私たちはいるというのです。しかしこれら過去や未来の推論は当てになるかどうかわかりません。なぜなら、それならば現代人は古代人よりすでに進化した存在だということになるし、ずっと見ていた人もいないのですから。

 

指なし手袋は頭を悪くする

とはいえ、以上のことは発育していく赤ちゃんに一応当てはまります。脳の発達の早い赤ちゃんは指を上手に使うようになるのが早いし、指を早くから使えば脳の発達が早くなるからです。
赤ちゃんは自分の手の平や指の先でいろいろな物、あるいは自分の身体のいろいろな部分に触れて、その触れた感触を覚えていきます。このことが赤ちゃんの脳が発達していく上で極めて重要な役割を演じています。
しかしこれは進化論に拠らなくても事実として存在していることです。すなわち指から脳へ、脳から指へという刺激の循環は何も正のフィードバックなどを持ち出すまでもなく、もともと赤ちゃんに内在しているシステムが最初の刺激によって解発される(スイッチ・オン)のであって、進歩するのではありません。赤ちゃんがいちいちゼロから進歩・進化するのでは、そのゆく末は知れたものになってしまうではありませんか。
さて、現実に戻りましょう。「赤ちゃんが顔をひっかくからなどと言って赤ちゃんに指なし手袋をはめる人がいますが、そうされると赤ちゃんは周りにあるいろいろな物や、自分自身の身体に直接触れることができなくなり、脳の発達にブレーキがかかってしまいます。だから赤ちゃんに指なし手袋をはめてはいけません。わざわざ言うまでもないことですが、赤ちゃんの指の爪は常にしっかり切っておくことです。

 

育児のための衣服の条件⑤

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オムツの当てかた

日本人が昔からやっていたことの中で間違っていたものの一つにオムツの当てかたがあります。とくに女の赤ちゃんには脚がすらりと真っすぐな女性になってほしいと願うあまり、腰から下を昆布巻きのようにグルグル巻きにする「巻きオムツ」をやる風習がありますが、あれはいけません。
このようにすると、赤ちゃんの両脚は「気をつけ」をしたように固定されてしまうので、自然な体位(お相撲さんが四股を踏んで身体を沈みこませたようなかたち=連載第九十回)を妨げて自由な運動ができなくなってしまうばかりか、股関節におさまっている大腿骨骨頭部を外側へ出す方向に力が働くので、股関節脱臼の原因の一つになるのです。また、紙オムツも同様の肢位になりやすいので要注意です。私の個人的な感触ですが、最近股関節脱臼が増加しているように思います。
オムツは股の間にだけ当たるようにするのが理想です。昔いう三角オムツが一番いいのですが、常に股が少し開いた形になるようにすること。こうすれば股関節脱臼の予防になるのです。腰の両側からしめつけて、両脚が真っすぐに伸びた形にならないように注意しましょう。
同様の注意点として、赤ちゃんを抱っこするときは必ずお母さんの膝をまたぐように、股が開いた形で抱くのがいいのです。そしてオンブするときも赤ちゃんの両脚はそろえないで、赤ちゃんの膝がお母さんの脇腹へくるような形で背負うようにしましょう。

オンブはまさに合理的

ここでオンブの利点をお話しします。赤ちゃんと一緒に移動するにはいろいろな方法があります。抱いて歩くのもいいのですが、これは長時間はできません。乳母車だとエスカレーターには乗れないし、電車やバスには持ち込みづらく、坂道や階段のあるところは力がいるし、雨や風の時も困ります。
長時間の移動に耐え、天候や道路の状態がどんなでもよく、しかも母と子にいい影響を与えるのはオンブです。オンブには次のような優れた利点があります。

一. 赤ちゃんの股が開いた形で固定できる。

二. 母の両手が使えるので、母が何かにつまずいた時でも赤ちゃんは安泰。(先年、前抱きで歩いていて母親がつまづいて転倒、赤ちゃんが母親の下敷きになり、私の病院の救急外来を受診した事例があります。検査の結果、赤ちゃんの頭蓋骨が骨折していました。前抱き移動は足下が見えづらく、常に危険を伴います。抱っこひもという装具も売っていますが、前抱き移動は絶対にやらないように)

三. 危険に遭遇した時、母は走ることができるので非常事態から素早く遠ざかることができる。

四. 赤ちゃんの体温や汗ばんだ状態を母が背中で感ずるので、赤ちゃんの健康状態がわかる。

五. 母の身体のぬくもり、声のひびきが赤ちゃんに直接つたわるので、スキンシップの点でよい。

六. 赤ちゃんは常に母と同じ方向を向いているので、母が今、何を考え、何をしようとしているのか赤ちゃんにわかり、母子の一体感が強くなる。