授乳にかかわる諸問題①
母は乳とともに心の栄養を与える
お乳の話に入る前に私たちはここでしっかりと確認しておかなくてはならないことがあります。それは、赤ちゃんにお乳を飲ませるということは動物にエサを与えることとはまったく異なる行為であるということ、さらに私たちおとなが三度の食事をするのとも、ぜんぜん異質の行為であるということです。
授乳とは読んで字のごとく乳を授ける行為ですが、その内容は、食糧としての乳を赤ちゃんに与えるのと同時進行的に、赤ちゃんの心の発育のための栄養、すなわちインプリンティングの重要な七項目のいくつか(連載第三十四回参照)が行われるのだということ、そしてそれは同時に、子を産んだだけでまだ母になっていない女性が母になっていく行程の第一歩なのだということ、それを決して忘れてはなりません。
そのためには赤ちゃんに最初に与えられる乳は、実母の乳でなければなりません。これには二つの理由があります。
その第一は免疫に関することです。生後二十四時間とも、四十八時間とも言われているのですが、この間に赤ちゃんの身体の中に入ったものに対しては、赤ちゃんの身体は全部自分のものだと覚え込みます。
だからこの期間内に粉ミルクが与えられれば、その赤ちゃんの身体は粉ミルクの原料である牛の乳を自分のものだと覚え込んでしまいます。したがってその後になって実母の乳が与えられても、赤ちゃんの身体は実母の乳なのに自分のものではない、代わりのものを与えられたのだと反応するのです。実際に母乳で育てているのにミルクアレルギーを起こしている赤ちゃんがいるのですが、こういう場合はこのへんに原因があることが多いのです。
初めて外来に来た乳児を診察する時、私は必ず母乳で育てているのか粉ミルクなのかを聞くのですが、「ずっと母乳で育てています」と答えるお母さんの記憶の中には、生後四十八時間まではどうだったのかを数えていない場合が多いようです。
もし生後四十八時間以内に実母の乳以外の乳を与えられてしまったら、それは残念ながら「ずっと母乳で育てている」ことにはならないということを知っておいてください。
母と子は分娩によって母体と赤ちゃんとの二人に分かれます。分かれますが、それは単に生物体としてそうなったのであって、この二人を人間として見た場合には、哺乳をしている間は心身ともにまったく一体なのです。さらに精神的な面についてだけ言えば、三歳まで母と子とは一体で、精神的には三歳まではまだ生まれていない状態だと言ってもいいのです。これが第二の理由です。
しかも乳汁は母体にとって一種の排泄物であり、体外に排出されるべきものです。だから赤ちゃんに乳を与えるとは言っても、母にとっては湧き出てきたお乳を赤ちゃんの口で飲み取ってもらうことであり、赤ちゃんのほうは自分のおなかを一ぱいにすると同時に母の乳房を空にしてあげるという、母と子の共同作業なのであって、授乳とは決して母から子への一方通行の行為ではないのです。だからこそ、ここに母と子の一体感というものができ上がっていくのです。